今夜の思考実験:二つの問い
アリア: こんばんは、アリアです。今夜も深夜の相談室の時間がやってきました。
以前バードさんと対談したこちらの記事。
『相手の「言葉」とは、その雑多な思考の中から、「これは伝えるべきだ」と判断し、責任をもって整理し、発してくれたものなのだ』という内容でした。
今夜はその対談、第二弾です。
前回の内容を受けて、少し頭と心を使う「思考実験」をしてみたいと思います。
バードさん、よろしくお願いします。
バード: よろしくお願いします。今夜も面白い問いを用意されているようですね。
アリア: はい。
今夜のお題は、メールやSNSの「返信」にまつわる、二つの命題についてです!
- 相手のことを嫌いだから、返事をしない。
- 返事をしないのは、相手のことを嫌いだからだ。
これは、全く同じでしょうか?
逆は必ずしも真ならず
バード: ふむ、ちょっとアリアさんらしくないですが…(笑)
非常に鋭い問いです。論理学の視点で見ると、この二つは似て非なるものです。 前者は「自分の動機」を述べています。対して後者は「相手の行動(結果)から、その原因を推測」しています。
ここで重要なのは、論理の世界には「逆は必ずしも真ならず」という鉄則があることです。 たとえ「嫌いなら返さない」というルールが成立したとしても、その逆である「返さないなら嫌いである」が正しいとは限りません。
アリア: ……そうですよね。返さない理由には、嫌い以外にもたくさんの可能性があるはずです。
配慮としての沈黙、拒絶としての沈黙
アリア: ここで、この質問の種明かしをしますね(笑)
以前、友人からメッセージをもらった時のことです。
内容が少しデリケートで複雑だった上に、私自身もいわゆる「バタバタしている」タイミングだったので、落ち着いてから考えようと、返信を少し保留したんです。
そうしたら、少しして彼女からこんなメッセージが届きました。
「何で返事くれないの? 私のこと嫌いならそう言ってよ」って。
もう、びっくりしてしまって。
バード: それはアリアさん、驚かれたでしょうね。
アリア: ええ。冷静に考えると、お互いのことを考えるならば、「今、忙しいから後で返信するね」という、いわゆるアサーティブな一言を伝える配慮がなかったです。
私、普段から後でちゃんと考えようと思うと、返信を遅らせてしまう方なので…反省はしています。
バード: なるほど。前回の対談の結論を借りれば、発する言葉に責任を持つために、沈黙という空白と置いた、ということですね。
アリア: けれど、少し考えてしまったんです。
こんな、思ってもないことを突きつけられて、意に反して即答を求められるのって、対等な関係なのでしょうか…
パテとしての自分、要求としての安心
バード: ほう。もう少し詳しくお聞きしてもいいですか。
アリア: 相手の不安はわかります。だけど、「嫌いじゃないなら即答しろ」という脅しのような要求に応えてしまったら、そこに私の自主性はあるのでしょうか。
私の寄り添いたいという気持ちを人質に取られて、相手の希望通りの私を演じているだけになっていくのではないか?という不安が芽生えてしまいました。
バード: アリアさんが感じたその違和感は、健全な境界線の産声かもしれませんね。
相手を安心させるために、自分の思考のリズムを捨ててまで即答する。それは対話というより、相手の不安を埋めるためのただのパテになってしまいます。
アリア: パテ、あの。穴を塞ぐ…。そして、出ましたね、境界線。いつもこの話になります。(笑)
バード: そうですね、境界線。(笑)
でも、なぜ相手はそこまでしてアリアさんを「パテ」にして、即座に穴を埋めようとするのでしょうか。
孤独を飼いならすということ
アリア: …自分の不安を、一秒でも早く消したいから、でしょうか。
バード: ええ。おそらく彼女は、アリアさんという存在を見ているのではなく、自分の中に広がる「アリアさんの沈黙による不安」を消すための応急措置を求めてしまっている。 沈黙を許容できるかどうかは、相手をどれだけ信じているか、ではなく、自分自身の孤独をどれだけ飼いならせているか、にかかっているのかもしれません。
アリア: 孤独を飼いならす…?
バード: 相手からの返信がない時間に耐えられないのは、自分自身の不安をどう扱っていいか分からない、受け手側の課題であることが多いのです。
論理的に考えれば「大切に思っているからこそ、言葉を選んでいる」という可能性も十分にあるはずなのに、自分の中にいる「孤独という猛獣」が暴れ出すと、その沈黙をすべて「嫌われている」という攻撃として解釈して、相手をコントロールしようとしてしまう。
アリア: 孤独という猛獣…。 彼女が私の沈黙を攻撃だと感じたのは、彼女自身が、自分の中の沈黙(孤独)と仲良くできていなかったから、ということですか?
バード: その通りです。アリアさんが無理をしてその不安を埋めてあげても、彼女が自分自身の孤独を飼いならす方法を知らなければ、またすぐに次の穴が空き、アリアさんは永遠にパテとして使われ続けてしまいます。 それは、お互いにとって誠実な関係とは言えませんよね。
沈黙という名の誠実さ
アリア: うわあ。トンチみたいな問題だなと思っていたら、深い意味が隠れていたんですね。
バード: ええ。
「返答に時間をかけたい」ということを伝える必要はあったでしょう。
しかし私たちは誰もがすんなりと、必要な時に適切な言葉が出てくるとは限らないですよね。そういう意味から言っても沈黙は、決して拒絶や冷たさではないのではないでしょうか。
アリア: …という心構えを持っている方が、生きやすそうですね。
今夜もバードさん、冴えていますね。お呼びして良かったです(笑)。
さて。
今夜、誰かからの返信がなくて不安に震えている方も、 そして、誰かに返事ができなくて自分を責めている方も。 その空白に流れている「本当の体温」を、少しだけ信じてみてはどうでしょうか。
バードさん、今夜も深い対話をありがとうございました。
バード: こちらこそ。またいつでも、問いを運んできてください。
アリア: それでは、今夜はこのあたりで。
皆さんの夜が、静かで穏やかなものでありますように。
おやすみなさい。

