褒め言葉が伝わらない理由がある
褒められたのに、なぜか心が動かない。
またその逆に、
一生懸命褒めているのに、なぜか相手に伝わらない。
あなたには、そんな経験はありませんか?
「褒め言葉」は、本来、人を勇気づけ、行動を促す強い力を持っているはずです。それなのに、なぜあなたの言葉は、大切な人の心に響かないのでしょうか?
頑張っている相手に優しく「すごいね」「よくやった」と声をかけているのに、その言葉がただ空しく響くとき。問題は、相手の心ではなく、あなたの言葉の価値と、そのタイミングにあるのかもしれません。
もしかしたら、あなたの褒め言葉がなかなか相手に届かないのは、あなたの言葉が相手にとって「信頼や安心の代理」となる存在として、まだ確立されていないからかもしれません。
今回は、この「言葉の価値」が生まれる科学的な仕組みと、その価値を持続させるためのタイミングについて考えてみます。
Ⅰ. 褒め言葉の真実:「二次強化子」の価値
私たちが使う「褒め言葉」が、ご褒美(報酬)として働くようになる仕組みを理解するために、人間の行動を司る2種類の報酬について、まず知っておきましょう。
1. 一次強化子:本能的な喜び(快感)、脳が求める根源的な報酬
これは、飲食物、休息、安全な場所、そして「目標達成時の興奮や喜び」など、学習や経験なしに快感をもたらす、脳が最優先で求める報酬です。
2. 二次強化子:喜びの「代理」となる言葉
これは、お金、地位、そして「褒め言葉」などが該当します。
これらは、それ自体が生命維持に役立つわけではありませんが、学習を通じて報酬の「代理」として機能します。
有名な「パブロフの犬」の実験が示すように、ベルの音(二次強化子)が食べ物(本能的な喜び)とセットで提示され続けることで、ベルの音は食べ物の「代理」として意味を持ったのです。
褒め言葉も同様に、元々は、私たちにとって心に響く「喜びの言葉」だったわけではなく、ただの音の羅列です。
何かを成し遂げた時に、
周囲の人(それは、親だったり先生だったり上司だったりするかもしれません)が、にっこり笑って「すごいね」と褒めてくれる、そのような経験の積み重ねによって、「褒められると嬉しい」という感覚が育っていくのです。
このように、一般的に褒め言葉は価値のあるものです。
しかし実際の生活の中では、私たちは様々な影響を受けており、そこで経験する感情は複雑で、単純な理屈通りにはいかないものです。
あなたと相手との間で、褒め言葉を受け取れる信頼関係が育っていない可能性もあります。
そこでこの信頼関係を育てる一つの工夫として、
「あなたの言葉」そのものを二次強化子に仕立てることを考えてみましょう。
Ⅱ. 喜びのピークに言葉をかぶせる「対提示」の厳格な役割
あなたの褒め言葉を、心の底から響く「ご褒美」へと価値を確立する(意味を持つ)には、「対提示」という極めて厳格なルールが必要です。
「ちゃんと褒めているのに届かない」のは、まさにこの「対提示」のタイミングが崩れているからです。
あなたの褒め言葉(二次強化子)が、本能的な喜び(快感)を伴うことで価値を持つためには、両者を同時、または直後に提示する「対提示(条件づけ)」が不可欠です。
価値を「確立」するための唯一の原則
あなたの褒め言葉を、「やる気の出る喜びの言葉」として機能させるためには、以下の原則を徹底する必要があります。
- 狙うのは「ピーク」: 相手や自分が「やった!」「気持ちいい!」と本能的な喜びを味わっている、まさにその瞬間を狙います。
- 厳格な同時提示: 本能的な喜び(快感)が最高潮に達している瞬間に、あなたからの言葉を即座にかぶせます。
これを繰り返すことで、相手の脳は、「あなたからの言葉」を、達成感と同じ快感をもたらす「喜びの言葉」と学習し、あなたの褒め言葉の価値が確立し、信頼関係の土台ができあがるのです。
Ⅲ. 良好な関係を持続させるために
第Ⅱ章で解説した「対提示」の原則は、一見、完璧なタイミングを要求する、厳しいルールのようです。しかし、安心してください。褒め言葉の価値が一度定着すれば、あなたはもう、そんなに根詰める必要はありません。
あなたが心を込めて何度も「対提示」を繰り返したことで、あなたの言葉の価値は、相手の心にインプットされています。
価値が十分高まった褒め言葉は、常に喜びのピークに重ねなくても、その力を失いません。
根詰めなくて大丈夫な理由
- 遅れても意味を持つ: 毎回、達成の瞬間に張り付いている必要はありません。相手が昨日頑張ったことを、今日「そういえば、あれすごかったね」と遅れて褒めても、それはちゃんと意味のある言葉として心に響きます。
なぜなら、あなたの言葉はすでに「喜びの言葉」として機能しているからです。 - 毎回褒めなくてもいい: 毎回褒め続けていると、かえって言葉の重みが失われ、お互いに疲れてしまいます。価値が定着した言葉は、時々、ランダムに贈るだけでも、相手の行動をしっかりと支え続けます。
大切なのは、完璧なタイミングを探すことではなく、あなたがちゃんと相手のことを見ていたよ、という合図として、言葉を贈ることです。
まとめ
- 相手の感情のピークを狙って、褒め言葉をかけることを意識する(あなたの言葉を二次強化子にする)
- 褒め言葉が相手に届いている手応えが出てきたら、ほどほどのタイミングで声をかけると良い
【もっと深く知るために】
本記事で解説した褒め言葉の仕組み(強化の原理)は、行動分析学という分野の基礎的な知見に基づいています。特に「喜びのピークに言葉を重ねる」という方法は、古典的条件づけという学習原理を応用したものです。
参考リンク
強化の原理と対提示: 基礎心理学における古典的条件づけ(条件反射)の仕組みを解説しています。褒め言葉に価値が後付けされる過程が理解できます。 [https://theories.co.jp/terms-classical-conditioning/]
なお、筆者が本記事で参照した「一次強化子と二次強化子による価値の確立」の論理は、障害児教育の専門テキスト(2003年発行)など、専門的な知見に基づく文献からのものです。より確かな知識は、書籍や専門機関の資料を参照されることをおすすめします。


