嫌知らずが共感を呼んだ理由
少し前にSNSなどで話題になった嫌知らず、という言葉をご存知でしょうか。
相手の示す「嫌だからやめてほしい」を受け入れない、その行為をやめないというものを指すそうです。この言葉はたいてい、嫌知らずな行為を繰り返す人たちへの嫌悪感と共に語られます。
なぜこの「嫌知らず」が、それほど共感を集めたのでしょうか?
それは、「嫌だな」という感覚は、人間にとって大事なサイン(信号)だからではないでしょうか。
そこには、人間の持つネガティビティ・バイアスとホメオスタシス(恒常性)という考え方で説明できるのではないかと、私は考えました。
✔️ネガティビティ・バイアスとは
楽しかったことより「嫌だな」と感じたことの方が、なぜか心に残りやすく、強く影響を及ぼす脳の癖のこと。
これは、人間が生き延びるために、リスクや危険をいち早く察知して回避しようとする、大切な自己防衛本能の名残です。
✔️ホメオスタシスとは
常に自分の体を一定に保とうとしようとする働きのことです。
人は、ネガティブな経験が記憶に残りやすく、その嫌なことから避けることで、恒常性を保つという本能的な欲求があるので、「嫌だ」を無視されることに、生存を脅かされるような強い不快感を覚えるのです。
つまり、「嫌だ」という感覚は、何よりも先に解消されるべき最重要事項なのです。
ネガティブさにも意味がある
私は前々回から、ポジティブでいる方法、相性の悪い相手に穏やかに接する方法について考察をしてきました。
📎自分の機嫌は自分で取れる!「独り言」が分ける未来
職場の先輩の独り言からヒントを得て、「ポジティブな言葉で義務感を消し、自分で自分をご機嫌にする」方法を探りました。
📎【深夜の相談室】キレやすい自分は性格が悪い?「安心の柵」で心を守る方法
アリアがパーソナリティを務めるラジオ風記事で、「イライラは心の境界線であり、優しい柵を作って自分を守ろう」と、あなたを守るための防御線についてお話ししました。
これまでの記事を「車」に例えてみましょう
- 自分で自分をご機嫌にするポジティブの連鎖は、前へ進むためのアクセル。
- 心の防衛線は、他の車との距離を守る車間距離。
これだけではまだ、「車」として足りないものがあると思いませんか?
止まるためのブレーキや、進路を変えるためのハンドルがなければ、どんなに優れたアクセル性能を持っていても、信号や標識に従い止まったり、進路の変更ができなければ、その車はただの危険な暴走車です。
そして、その信号こそが、「嫌だな」というネガティブな感覚だとしたら。
ポジティブさだけではなく、ネガティブな「嫌だな」という感覚にも、実はちゃんと大切な意味があると言えるでしょう。
ポジティブの押し売りは嫌いだ
少なからず、そう思ったことのある方がいらっしゃるかもしれません。
でも大丈夫、そう感じることは自然なことなのです。なぜなら、「嫌だな」というネガティブな感覚にこそ、私たちは最優先で注目するように出来ているのですから。それは、命を守るためのセンサーが正常に機能している証拠です。
そして、ずっとポジティブでいることも、非常に難しいのです。
私たちの身体には、ホメオスタシス(恒常性)という、あらゆる状態を「安定した中心」に戻そうとする仕組みが備わっています。
「ずっとポジティブ」という状態は、このホメオスタシスにとっては「過剰な偏り」と認識されます。だからこそ、いつか必ず反対側に振れ、バランスを取ろうとする反作用が働くのが、私たちの心と身体の仕組みなのです。
自分を責める必要はありません。あなたは、ただ、人間としてあるべき姿でいるだけです。
停車は、「運転席」の権利を取り戻す行為
「嫌だな」という信号に従ってブレーキを踏み、進路を変える(やめる・距離を置く)という行動は、一見ネガティブな「逃げ」や「停滞」に見えるかもしれません。しかし、心理学的には真逆の建設的な行為です。
なぜなら、その行為は次の二つの大切なものを守るからです。
- 自分で決める「コントロール感」の回復 他者の要求や社会の「ポジティブの押し売り」に従うことは、自分の人生のハンドルを他人に渡している状態です。「嫌だからやめといた」は、「私は不快なことを続けない」と自分で決定した証拠です。この決定権を取り戻すことこそが、自己肯定感の揺るぎない土台になります。
- 「自分と一致する」状態への帰還 ホメオスタシスが示す通り、人間にとって「嫌な状態」を続けることは自己への裏切りです。「嫌だからやめといた」という行動は、外側の期待ではなく、内側の本能的なセンサー(嫌だな)に従ったということです。これにより、自分の行動と感情が一致する自己一致の状態に戻り、自分自身への信頼(自己肯定感)が守られるのです。
あなたの車(人生)は、アクセルだけでなく、この「嫌だな」という信号に従うブレーキがあって初めて、自分の意図通りに安全に走行できるのです。
参考にした文献
- 嫌なことが心に残るワケ
Bad is Stronger than Good (Baumeister et al., 2001)
嫌なことって、いいことより強く残るよね。
脳があなたを守る仕組みなんだと知ると、少しスッキリするかもしれません。
読んでみる - 「嫌だ」を無視されると痛い!
Does Rejection Hurt? (Eisenberger et al., 2003)
「嫌知らず」に心がチクッとしたなら、それは脳がSOSを出しているサイン。
無視されたときの痛みは、あなたが感じた通り正しかったんです。
読んでみる - 心のバランスのコツ
Homeostatic Ego (Sedikides, 2021)
「嫌だな」は心の体温調節機能。
ポジティブに傾きすぎた自分を、安定したニュートラルな場所に戻そうとする大切なサインです。
読んでみる - 脳のネガティブ癖
Our Brain’s Negative Bias (Hanson, 2003, Psychology Today)
悪いニュースが頭に残るのは、誰にでもある脳の癖。
その癖があるからこそ、私たちは危険を回避し、生き延びることができたのです。
読んでみる - 自分を好きになるヒント
Unconditional Positive Regard (Wilkinson, 2024, Verywell Mind)
「嫌だな」も含めて自分を許し、受け入れる。
それが、自分を好きになるための、一番優しくて確実な道だというヒントです。
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※参考文献の原文は英語ですが、ブラウザの翻訳機能やGoogle翻訳で日本語で読むことができます。


