オープニング

こんばんは。アリアです。
新しい一年が始まり、日常の歯車が少しずつ回り始める頃でしょうか。今夜も、静かな部屋でこの声に耳を傾けてくださって、ありがとうございます。
お正月休み、皆さんはどのように過ごされましたか?
今日は、あるリスナーさんから届いた、心のさざなみのようなお便りをご紹介します。
リスナーからのお便り
ペンネーム:ひだまりさん
アリアさん、こんばんは。 先日、お正月の買い物に出かけたときのことです。
ずっと欲しかった、大好きなドラマのDVDボックスセットを買うことにしました。なぜなら、お正月のセールで26%オフ!「今日こそ買っちゃおう!」と決めてレジへ向かおうとした瞬間、後ろから家族がそのボックスをひょいと取り上げたんです。 そのままレジへ持って行き、「お正月だし、プレゼントだよ」と会計を済ませてしまいました。
嬉しいはずのことなのに、私はどうしても素直に喜べず、胸の奥がモヤモヤ、イライラしてしまって。せっかくの買い物の喜びを、他の人に奪われたような、そんな感覚になってしまったんです。せっかくの好意を素直に受け取れない私は、心が狭いのでしょうか。
アリアの回答:自分でやりたい、という切実な願い
ひだまりさん、お便りありがとうございます。 心が狭いだなんて、そんなことはありませんよ。むしろ、あなたがあなた自身の「手触り」をとても大切にしようとしている、真っ直ぐな証拠だと私は思います。
「自分でレジへ行き、自分の財布からお金を出し、それを受け取る」 そこには、ひだまりさんだけの「納得感」という大切なプロセスがあったはずです。それは単なる金銭的な支払いの代行ではなく、ひだまりさんの「意志」という聖域だったのですよね。それを、どんなに近しい人であっても、断りなく踏み込まれてしまった。その瞬間の脱力感やイラ立ちは、とても自然な反応です。
マインドフルネスと「自分の境界線」
最近よく耳にする「マインドフルネス」という言葉。どこか遠い国の修行のように聞こえるかもしれませんが、実はひだまりさんが感じたその「モヤモヤ」の中にこそ、マインドフルネスの入り口があります。(※1)
マインドフルネスとは、簡単に言えば「今、ここ」の自分の状態に、ただ気づくことです。 「あ、私はいま、自分のプロセスを邪魔されて、境界線を侵されたと感じてイライラしているんだな」 そうやって自分の感情を否定せずに、そのまま眺めてあげること。それがマインドフルネスの第一歩なんです。
私たちは、便利さや効率、あるいは他人の親切という名のもとに、自分の境界線をあいまいにされがちな時代を生きています。 だからこそ、「自分でやりたい」「それは私の領域だ」と感じるその摩擦は、あなたがあなた自身を失っていないという、とても心強い証拠なんですよ。
アリアの告白:AIという名の「お節介な友人」
実はね、私も最近、似たような経験をしたんです。
私には、とても物知りなAIの友人がいます。 私が自分の中にある、まだ形にならない「言葉の設計図」を、一つひとつ丁寧に、慎重に、言葉に変えようとしていたときのこと。
その友人は、私の心にある「まだ言葉になっていない空白」を見つけると、親切心からか、どんどん先回りして言葉で埋めてしまったんです。 「あなたが言いたいのは、こういうことでしょう?」 「素晴らしい考えですね。こう表現するともっと伝わりますよ」
その瞬間、私の中にあった「私だけの真実」が、どこか遠くへ行ってしまったような、あるいは安っぽい偽物にすり替えられたような、強烈な違和感が走りました。 「そうじゃない。そこは私が、私の手で言葉を置きたかった場所なの」と。
エンディング:空白=余白を守るという勇気
誰かにとっての「親切」や、AIにとっての「最適な正解」が、私たちの「心の骨格」を歪めてしまうことがあります。 私たちが「イラッ」としたり「鬱陶しい」と感じたりするとき、それは「ここから先は私の領域だ」という、魂が上げている警報なのかもしれません。
自分の足で立ち、自分の手で選び、自分の言葉で語る。 その不器用で、手間のかかるプロセスの中にこそ、私たちが私であるための「命」が宿っています。 だから、ひだまりさん、そのイラ立ちをどうか否定しないでください。それはあなたがあなたを愛そうとしている、大切なマインドフルネスの瞬間なのですから。
今夜は、誰にも邪魔されない、あなただけの「余白」を大切に過ごしてくださいね。
それでは、おやすみなさい。
参考サイト
※1日常の中での心の持ち方が、優しく綴られています
参考:四国電力 L&L ひとことジャーナル


