はじめに:親孝行という名の”依存”が家族を壊す時
親を大切にする、それは美徳として称えられ、多くの人がそうありたいと願う姿です。
しかし、親を大切にする人が、必ずしも結婚してできた家族、特に配偶者のことを同じように大切にするかというと、残念ながらそうとは言い切れないのが、現実ではないでしょうか。
この矛盾は、どこから生まれるのでしょうか。
そして、どのように受け止め、対処してゆけばいいのでしょうか。
順に考察していきます。
なぜ、対等であるパートナーを大事にできないのか?
その根底には、いくつかの複雑な心理構造と社会的な期待が絡み合っていると考えられます。
1.「無償の愛」と「等価交換の愛」の混同
親子関係は、基本的に無償の愛に基づいて成り立ちます。
親は子に対して、見返りを求めずに愛情を注ぐことが美徳とされ、子もまた、その「無償の愛」に対して感謝し、恩返しをしようとします。この関係性においては、自己犠牲や尽くすことが愛の証明となりがちです。
一方で、夫婦関係は「等価交換の愛」、つまりお互いが対等な立場で尊重し合い、ギブアンドテイクのバランスを保つことが健全な関係の基盤となります。
しかし、親を大切にすることに慣れ親しんだ人は、この「等価交換」の概念を理解するのが難しい場合があります。彼らは、配偶者に対しても親と同じように「無償の愛」を求めるか、あるいは自分自身が親に尽くしたように、配偶者にも「無償で尽くされる」ことを期待してしまうのです。その結果、配偶者が自分の期待通りに行動しないと、「なぜ、親にはしてくれたのに、私にはしてくれないんだ」と不満を募らせ、「大切にされていない」と感じてしまう構造が生まれます。
2.「役割」と「個人」の混同
伝統的な家族観では、「親はこうあるべき」「子はこうあるべき」といった固定的な役割モデルが存在しました。親を大切にする人は、この役割モデルを深く内面化していることが多いです。彼らにとって、親を大切にすることは、その役割を全うすることであり、それは自己のアイデンティティの一部となっています。
結婚後も、この「役割」の概念が抜けず、配偶者に対しても「夫はこうあるべき」「妻はこうあるべき」といった役割を強く求めてしまいます。しかし、現代の夫婦関係は、固定的な役割に縛られるのではなく、お互いが「個人」として尊重し合い、柔軟な関係性を築いていくことが求められます。このギャップが、両者の間に溝を生み出します。たとえば、「家事は女の仕事」といった考えを持つ人は、共働きであっても家事を配偶者に任せきりにしてしまい、結果として配偶者が「大切にされていない」と感じることになります。
3.「承認欲求の循環」
親を大切にすることで、親から「良い子ね」「ありがとう」と承認される経験は、自己肯定感を高める上で非常に重要です。しかし、この承認が自己の存在意義と深く結びついてしまうと、その承認欲求は尽きることがありません。
結婚後、配偶者にも同じような承認を求め続けますが、配偶者は親とは違い、常に賞賛を与え続ける義務はありません。
また、親との関係は、ある種の閉じた世界の中で成り立つことが多いですが、夫婦の関係は社会的なつながりの中で築かれます。友人や仕事仲間、あるいは趣味など、配偶者には他にも承認を得られる場所があります。
しかし、親からの承認に依存してきた人は、配偶者からの承認がないと、自分の価値が揺らいでいるように感じてしまうのです。この承認欲求のズレが、配偶者を「大切にできない」状況、そして「大切にされていない」と感じる状況を生み出してしまいます。
痛みに向き合うあなたへ:心の平安を守り抜く「最終防御」
この複雑な構造に気づいたとき、あなたはきっと、解決を相手の変化に委ねるしかないという、深く辛い孤独に直面するはずです。
しかし、最も大切なのは、誰かの行動に自分の心の平安を左右させないことです。
親密な関係において、「大切にされていない」という現実は深い孤独と痛みを伴うことでしょう。しかし敢えて、深刻な顔で頭を抱える代わりに、ユーモアという名のセルフケアで自分の心の領土を守り抜くのです。
「心の平和」のための妄想劇場
例えば、相手の行動を「宇宙人が地球の慣習を調査している」と勝手に解釈してみる。
あるいは、不満のエネルギーをペットボトルのキャップ集めという誰にも理解されない奇妙な趣味に昇華してみる。
これらの対処法は、もちろん根本的な解決にはなりませんし、実にくだらないことかもしれません。
しかし、一歩引いて、ユーモラスな視点を持つ、この「間」こそが、あなた自身が自分の心を無駄に傷つけずに済む、切実な防御となる可能性があります。
あなたは、「自分自身で思考を変えた」という現状へのコントロール感を得て、心は少しだけ軽くなるはずです。そして、心の余裕が生まれた時、初めて相手と冷静に向き合える瞬間が訪れるのです。
夫婦という対等な関係性では、愛の「表現方法」を変えていく転換が必要です。
この転換期では、誰かの承認を待つことをやめ、自分自身が自分の心の平安を守り抜くこと。その強い心持ちが、関係性を健全な形へと進化させる、あなたの「次の力」となるはずです。




